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父の日のプレゼント70代のお父さんにあげて喜ばれたものはなに?

父の日のプレゼント70代のお父さんにあげて喜ばれたものはなに?

50代、60代の実のお父さんにあげて喜ばれた父の日のプレゼントに続き、今回は70代のお父さんにあげて喜ばれた実例を3例ご紹介していきますね^^。

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中性脂肪とLDLコレステロールの数値が悪くなってきていた父のためにプレゼント路線を変更!

私の年齢49歳、父の年齢70歳の時の父の日のお話です。私と父との仲は良好です。同じ府内に住んでいるものの、端と端にはなれた所にお互いの住まいがあることと、私が車の運転ができないので、主人の仕事が休みの時でないとたずねる事ができにくくて、ここ数年は年に2・3度しか会っていません。父も私ものんびり屋なので、会ったときにはまったりと子供の話や趣味の話をしています。

父が70歳になった年、父の日に贈ったプレゼントは、黒烏龍茶、1L×12本でした。父は70歳を迎えても食欲旺盛で、なんでも美味しく食べられるのは良いのですが、中性脂肪とLDLコレステロールの数値が悪くなってきていました。数年前までは、体を動かす仕事をしていたので、たくさん食べる悪影響はほとんどなかったようなのですが、スポーツをしなくなると覿面なようで体重が増えて、おなかがでてきてしまいました。だからといって食べる量を減らすわけでもなく、まわりが食事の内容に気をつけた献立にしても、腹八分目なんて言葉は知らんとばかりに、おなかいっぱいに食べ、3食以外にも自分でラーメンやうどんを作って食べていることもあるようでした。父はのんきな性格なので、「体は何にもしんどくないから大丈夫だろ〜」「ばあちゃん(父の母)は太っていたけど、80歳過ぎても元気やったやろ」などと言っている始末でした。私がこれまで贈ってきたものは、父が好きな食べ物や、お酒にすることが多かったのですが、今までとおなじように食べる物をプレゼントにしていると、父もまったく危機感を持たないんだろうな・・・と考えて何を贈ろうか悩んだ末に健康のことを考えて「黒烏龍茶」に決めました。

黒烏龍茶を渡したときの父の反応は、「ありがとうと」言いながらも、気持ち、毎年あげている時のように喜んではいなかったような・・・。美味しいモノではなかったのが、ちょっと残念だったみたいでした。でもメッセージの『健康に注意して、いつまでも元気でいてね』を読んで「この腹もなんとかせんなあかんな、毎日ちゃんと飲むわ。」と言ってくれました。今では自分で黒烏龍茶を買って飲んでいるし、ウォーキングをはじめたりして体に気を使うようになってくれたので、結果的にやっぱり贈って良かったなと思います。

父の日のプレゼントに添える手紙って、あれこれ書こうか考えると照れくさいですよね。私は、”お父さんありがとう”や、”いつまでも元気でいてね”そして笑顔で手渡すことでぜんぶ伝わるんじゃないかな・・って思っています。だから今年もメッセージは今までといっしょです(笑)


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普通じゃない変わったものをプレゼントしたかった私の半分失敗、だけどやっぱり大成功談!

私が27歳、父が71歳頃にあげました。父との仲は普通です。
ただ父は晩酌が大好きで、深酒になるとクセ(大声で歌う、説教する)が悪くなるので、私や母などは自室に退散しました。そのくせ、父は独りで飲んでいると寂しくなるたちで、私たちの部屋を覗きにきて「何してるの〜(居間に)降りといで〜」と、呼びに来ました。
また、私たちの気をひこうと階段で転んだマネとか、玄関に落ちたふりして助けを求めたりとか、憎めない人でした。(あっ!まだちゃんと生きてますよ^^!)

この時の父の日は今も忘れもしません!私は何か「変わったもの」を求めてデパートを探し回りました。

父は上記のとおり酒好きでしたので、最初はお酒にしようかなと考えていました。・・・が、お酒は飲んだらおしまいだな、と思いなおし、今年は何か形に残るもの、インパクトのあるものを探して、足が向いたのが物産展の会場へと足繁く通いました。
伝統工芸品が数ある中、父のイメージに、がちっとはまったのが、脇息でした。

オール木製!
樫だか花梨だか忘れましたが、暗赤色のどっしりとした脇息で、時代劇にあるような瀟洒なものとは違い、普段用に見えました。
2〜3万円ほどだったと思います。

父にぴったりだ! と鼻高々に持ちかえり、早速プレゼントしました。

仰々しい箱を渡され、父は嬉しそうに包装紙を剥がしながら、母にも「(父の日の)プレゼントだってよ」と照れくさそうに笑ってました。
これまでは甚平だのお酒だの、日用品ばかりでしたから、少し大きめのそれがなんであるのか、思い当たらなかったのでしょう。父は箱から取り出し、「なんだこれ?」怪訝そう。
母は見るなり笑い転げている。

父「なんだ、これ?」

私「え・・・、脇息」

母「(笑いながら)どこで見つけたの?」

私「○○○の催し会場」

父「で、・・・どう使うの?」

私「ええ? 知らないの? 肘掛だってばっ」

母「肘掛わかる? もたれるの」

私「こう使って」

私は座布団の上に胡坐をかいて、左側に脇息を置き、寄りかかって見せました。
「ほほう」と感心した父は同じように真似て座りましたが、長時間もたれていると肘が痛いし、しっくりこなかったみたい。
しばらくは父の席の周辺にありましたが、いつの間にか床の間の飾りになってました。

あれから、かれこれ20年近く経ちます。いまだ両親は健在ですが、少しずつ身の回りの整理を始めているようです。
父の日のプレゼントと称して商品券を送る今日この頃ですが、人生に一回ぐらい突拍子のない変わったプレゼントをしてみてはいかがと提案したいです。この時期に電話をしたり、顔を出せば、必ずこのときのエピソードが口の端にのぼりますから、
父にしてみたら物品よりも記憶に残った良い思い出なのでしょう。

ずっと使って愛用してもらうという意味では失敗でしたが(でもちゃんと飾ってあるから半失敗?!)、ずっと語り継がれる家族の楽しい思い出を残せたという意味で私は大成功だったと今でも思っています^^。

毎年同じもので申し訳なかったのもあって、退院の快気祝いの意味も込めて豪華に父に日のプレゼントを!

父が72歳、私が42歳の時の事です。私は嫁いで実家とは違う県にいるのでなかなか会えないのですが、私の子供と話をするのを楽しみにしているようなので、月に2回くらい電話で話しています。私達が帰省するのは年に5、6回くらいです。会える回数は少ないですが、父との仲は良好な方だと思います。たまに電話で主人に対する愚痴をきいてもらったりもします。

私と父は、ごくごく普通に仲がいい方だと思います。子供のころから普通に叱られたし、普通にほめられたりしました。ただ、私には兄がいるので、父はどちらかというと兄と過ごす方が気楽だったようです。私が中学生ぐらいになってから、お互い意図していたわけではないのですが気恥かしかったのか、あまり一緒に外出したりしませんでした。

私が嫁いだのは25歳の時です。その年から毎年、父の日と母の日には新茶を送っていました。結婚後すぐに3人の子供に恵まれ、毎日バタバタしており、父の日と母の日のプレゼントをゆっくり選んでいる間がなかった、というのが理由です。毎年同じもので申し訳ないと思ったので、お茶の産地を変えたりしていました。

子供達もあまり手がかからなくなった頃、母から電話があり、父に大腸がんの疑いがあり病院で精密検査をする事になった、と聞きました。とても心配でしばらく家事も育児もあまり身が入らなかったのですが、その後の連絡で、がんではなくポリープだったので手術して2日だけ入院した、と聞きホッとしました。

その年の父の日のプレゼントはお茶ではなく、ペアの旅行券にしました。父の快気祝いという意味もあったのですが、これまで忙しさを理由に、ただ決まった物を送っていただけで申し訳ない気持ちがずっとあったので、これまでの感謝の気持ちと、結婚後喧嘩らしい喧嘩をしていない仲のいい母と2人でのんびり温泉にでも行ってもらいたいな、と思い主人にも相談して決めました。

正直結構高かったのですが、主人に旅行券を贈りたい、と相談した時、それはいい、と言ってくれ、私より乗り気で情報を集めてくれました。

父も母もとても喜んで、受け取ってくれました。旅行に行く前日は、準備をして早く寝ればいいのに、遅くまで、どこにいってあれを見てくる、とか、あれは食べてこなくちゃいけない、とかお土産はないがいい?とか・・・。はじめて修学旅行にいく子供のようなはしゃぎっぷりでした。帰宅後、数日してからうちへお土産を届けにきてくれました。たくさんの写真から、父と母がとても楽しいんでくれたことが分かって、私もうれしかったです。

まとめ

お父さんの年齢が上がれば上がるほど、子どもの立場からは、健康に気をつけていつまでも元気で長生きして欲しいという気持ちがますます強くなりますよね。
そんな意味もあって健康食品マッサージ器具なども人気がありますね。
また足腰が弱くなると遠出もなかなかできなくなってくるということから、行ける時に楽しい思い出をたくさん作って欲しいと旅行をプレゼントするのもいいですよね^^。

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